~ある鑑定家の実例から紐解く、盤珪流奇門遁甲の「真の吉凶判定」~
はじめに:方位術における「判定結果の違い」を考える
方位術には多くの流派が存在しますが、同じ移動に対して「ある流派では吉、別の流派では凶」と判断が分かれるケースは少なくありません。
今回は、方位学の権威が若き日に経験された「2つの転居事例」を題材に、九星気学と盤珪流奇門遁甲それぞれの視点から検証します。
九星気学では「凶方位」と判定される移動でありながら、なぜ現実には運気が劇的に上がったのか、その真相を詳しく解説します。
事例1:1973年3月・東(鳥取→愛知)(九星気学:大凶 / 盤珪流:吉)
当時の状況と九星気学の判断
大学進学のため、鳥取県から東(愛知県瀬戸市)へ移転されました。
九星気学では、年盤で「本命的殺」、月盤で「本命殺」が重なる大凶方位と判定されます。
事実、ご本人は「食の星」である七赤金星の凶作用とされる極端な偏食に陥り、体調を崩されています。
盤珪流奇門遁甲の検証:なぜ「吉」と断言できるのか
盤珪流の術理でこの転居を精査すると、判定は驚くべきことに「吉方位」となります。
ここに、表面的な現象に惑わされない盤珪流の真価があります。
体調不良は「毒だし」のプロセス
本来、方位の本格的な作用が現れるのは数年先のことです。
転居後1年未満という早期に現れた体調不良は、方位の災いではなく、心身が吉方位のエネルギーに馴染もうとする過程で生じる「毒だし(好転反応)」であったと考えられます。
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明確に現れた「吉の兆候」
この転居を機に、ご本人は書店で運命の一冊(方位学の本)に出会い、翌年の上京を決意されています。
「吉方位へ行こうと決めた時期から運が向いてきた」というご本人の述懐こそ、この地への移動が正しい選択であったことを示す「吉の兆候」に他なりません。
盤珪流の結論
盤珪流の判断指標である「易卦(六十四卦)」に基づき解釈すると、この愛知への転居は、人生の真の目的を見出し、次なる飛躍(上京)へと導く「明るい兆し」をもたらした吉方位であったと結論づけられます。
つまり、九星気学で「凶方位」とされた転居で運気が上がったのは、盤珪流の術理においては、それが最初から「吉方位」であったからに他なりません。
事例2:1974年2月・東(愛知→東京)(九星気学:吉 / 盤珪流:吉)
当時の状況】
上京後、何のコネもない状態から幸運な偶然が重なり、翌年には音楽祭で新人賞を受賞。華々しいデビューを飾られました。
九星気学の視点
この成功を「六白金星」や「九紫火星」が持つ「栄誉・脚光・音楽」といった象意(シンボル)によるバックアップ効果であると読み解きます。
盤珪流の結論
盤珪流でも、この転居を明確に「吉方位」と判定します。
しかし、その根拠は単なるイメージ(象意)ではありません。
易卦による論理的分析
盤珪流では、易卦の解釈は「勢いづく、盛んになる」という具体的なエネルギーの変化をくみ取ります。
偶然の幸運に見える出来事も、実は盤の上に示された「必然の動き」であったことが分かります。
二段階の吉作用
前年(事例1)の転居で蒔いた「人生の目的を見出す」という種が、この移動によって一気に加速し、現実的な「成功」として結実したと分析します。
盤珪流の結論
盤珪流では、この東京への転居を、前年の吉作用を土台として「一気に才能を花開かせ、社会的な成功へと押し上げる強力な吉方位」であったと判断します。
結論:事実こそが「真の方位術」を証明する
今回の検証で興味深いのは、九星気学では「凶→吉」と判断が分かれた2つの移動が、盤珪流では一貫して「吉→吉」という成功への連続したステップとして説明がつく点です。
方位の作用は、常に目に見える形で即座に現れるとは限りません。
しかし、40年以上の研究と膨大な事例検証から導き出された盤珪流の視点に立てば、ご本人のその後の飛躍は、最初の方位選びの段階からすでに約束されていたことがわかります。
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